【はじめに】
大阪市の本格的な鉄筋コンクリート造建築物は、昭和戦前期に初めて建築された。これは、昭和2年(1925年)に施工された不良住宅地区改良法に伴って大阪市が実施したRC造集合住宅の建設事業の一環として、昭和4~8年の間に4地区に建設されたものである。本論文は、これらの集合住宅のうち、昭和6年に建築した下寺地区の住宅(以下、下寺住宅)の平成18年度の解体工事に伴い、鉄筋およびコンクリートの物性調査のほか鉄筋の腐食度調査を実施したものである。同建造物は建築後75年以上経過しており、現代の耐久性に関する設計上では使用限界に達しているものと想定され、その状態でのコンクリートの中性化の進行状態やそれに伴う鉄筋の腐食度を評価した貴重な資料を得ることができた。
【調査建物】
下寺住宅では1~8号館からなる計8棟が建設された。このうち本調査では北ブロックの1~6号館および南ブロックの8号館の計7棟を対象とした。各ブロックの建設時期は以下のように2期に分けられて建設された。すべて、3階建の鉄筋コンクリート造住宅である。図1に配置図を示す。写真1に調査時の状況を示す。
・北ブロック(1~6号館):1930年(昭和5年)12月(第1期工事)
・南ブロック(7・8号館):1931年(昭和6年)12月(第2期工事)
【調査結果】
本調査の結果、以下の知見を得た。
(1)コア試験体による圧縮強度の平均値は21.9N/mm2、標準偏差は4.73N/mm2(変動係数21.6%)であり、ややばらつきは大きいものの、強度水準は充分な品質が確保されており、当時のコンクリートの製造が非常に丁寧なものであったことが伺われた。
(2)ヤング係数は15000~25000 N/mm2程度の値を示し、圧縮強度との関係については1991年版のRC規準式に対して27%程度の差を示した。
(3)コンクリートの中性化深さは、室内側で45mm程度、室外側で37mm程度であった。また、室内側と室外側との違いは、中性化深さで15mm程度、中性化速度係数で1.78mm/年0.5程度であった。さらに、仕上げによる抑制効果も確認された。
(4)本建物に使用された構造鉄筋は丸鋼であった。そして、柱および梁の主筋の径はそれぞれ22mmおよび19mm、壁筋およびせん断補強筋のそれは9mmであった。また、かぶり厚さは、外側に位置する鉄筋の場合でばらつきは大きいものの30mm程度であり、現行の基準値とほぼ同等な値であった。
(5)中性化深さに対する鉄筋表面の位置と腐食度との関係を評価すると、室内側の場合はかぶり厚さより中性化深さのほうが大きくても腐食度の評点は小さい値を示した。しかし、室外側の場合にはかぶり厚さよりも中性化深さが大きくなると評点は急に大きくなり、中性化の進行が腐食の大きな要因として顕著に現れる結果となった。
(6)鉄筋の成分分析を5元素について実施すると、現行の「JIS G 3112 鉄筋コンクリート用棒鋼」の丸鋼規格の基準値以下あるいはそれに近い値を示した。また、引張試験結果について、同規格にける0.2%耐力および引張強さでの基準値を参考にすると、9および19mmのものではSR235相当、22mmのものではSR295相当であることが分かった。